What’s Design Thinking? What to be as a Designist?
デザインコンサルタント中西元男氏と、JBIGの野田泰平が、「経営とブランドとデザイン」について語り合った。[後編]
P.G.C.D.JAPANが誕生した2010年、代表の野田泰平は日本型CI(コーポレート・アイデンティティ)の第一人者である中西元男氏に師事した。以降、中西氏より学んだ経営戦略デザインは、P.G.C.D.JAPANの根幹を支え、企業としての活動に大きな影響を与えている。
「企業におけるデザインシンキング」と「デザイニストとしてどうあるべきか」というテーマにおいて、約10年ぶりに再会を果たした中西氏と野田がお互いの経験や想いを語り、非常に奥深い対談となったため、前編・後編の2回にわたりお届けします。今回は後編です。
社会において重要となるのは「最適解」
感力を磨くことで、最適解に辿り着く
野田 以前、先生がおっしゃった「経営者は、好きか嫌いかではなく、良いか悪いかで選ぶべきだ」という言葉が心に残っています。今も、事業を進める上で見直しを図るときの指針となっています。
中西 本当は、「好き」と「良い」が繋がって選ぶのが一番いいのですが(笑)。しかし、会社や商品にとって本当にいいものは何かと考えたときに、必ずしも自分が好きなものが正解とは限らない。いや、正解ではなく「最適解」といったほうがいいかな。この最適解選びのために感力を磨いていくことがとても大切になってくると思います。
野田 今も先生は、さまざまなデザインを手掛けていらっしゃいます。過去と現在で、見えている世界が違っていたり、重要だと思うことは変わったりしましたか?
中西 やはり、その時点での「最適解」は何か、ということだと思います。ただ、時代背景やそれぞれの企業・事業で求められているものなどによって、最適解は異なってきます。「正解が最適解とは限らない」ということもありますしね。
野田 正解が最適解とは限らない。なるほど。
中西 正解は1つだけですが、最適解には幅を持たせられます。
野田 そういう意味では「正解」は時代によって変わるけれど、「最適解」はあまり変わらないということなのでしょうか?
中西 「最適解」のほうが変わるのではないでしょうか。例えば、収入が多い時代と少ない時代だと、可処分所得がどれくらいあるかによって違いがでてくるように。
デザイン主義者がこれからの世界を変えていく
「different」な世界を創るのはデザイニスト
野田 僕は、STRAMDを受講する前から、ものが足りない時代にものを作るのではなく、ものが溢れている時代、それこそ食べ物を食べる量よりも、フードロスや破棄をしている量が多いこの成熟している時代において、何が最も価値として考えられるのだろうかとずっと考えていました。
先生から教えていただいたお話で言うと、「more better」と「different」という部分でずっと悩んでいたんです。「more better」の機能や性能などをもっと良くしていくという部分を伸ばしても、人間の目や感覚ではなかなか理解できない世界になってしまう。だから、結局は「different」、違いを創っていかなければいけない。当時の僕はもっと良くしようという考え方や方法は持っていたけれど、どのように「different」である違いを考えてデザインをするのかというところが足りていなかったんだと思います。そこで、経営やブランドにデザインを活かすことが僕のこれからのテーマなのかなと思い、STRAMDの戦略デザインの門を叩きました。
中西 当時、行き詰まった壁を取り除くにはデザインが必要だという直感があったんですね。
野田 そうですね。「more better」のように技術進歩して中身をどれだけ良くしても、結局は価格競争になってしまったり、人が理解できない世界になってしまったりする。でも、一方で、全く違う世界を創ることを考えると、それはクリエイティブであったり、創造性であったりする。まさしく先生が発信し続けている「デザイニスト(デザイン主義者)」。デザイナーではなく「デザイニスト」に自分がならなければならない、これからの日本にはデザイニストが必要だと気付かされました。経営とデザインを戦略的に組み合わせながら新しい世の中を創る存在が必要なんですよね。
中西 「デザイニストとデザイナーは違うんですか?」と聞かれることがありますが、違うんですよね。デザイナーというのは結果としてマス(量産)の世界に関わる人ですが、「デザイニスト」は、企業活動からライフスタイルまで、デザインの思想を持って考えていく人を指しています。
僕は、大学に進学する前に桑沢デザイン研究所で学びました。そこには僕よりも年上の人がたくさんいて、中には51歳の同級生も。浪人をしている人や、一級建築士事務所を経営している人もいる、本当に面白い環境でした。そういう人たちと関わっていると、会話ももちろん多彩だけれど、テクニックは圧倒的に自分よりも上手いんですよ。テクニックの部分ではかなわないから、他のところで自分に極められるところがないかと考えた時に、作品主義的なデザインではなく、デザインを活かすことのデザインを、と思ったのです。しかし、デザインを活かしたものを作り出すのは企業であり、意思決定をしているのは経営者だと気づいた。そして、経営者たちをデザインの世界に巻き込むことが重要だと思い、「デザイナー」に対して、デザイン主義者である「デザイニスト」を増やしていこうと思いました。そこでしっかりした形で理論構築をしたいと考え、早稲田大学、そして大学院を経て、PAOS(パオス)という会社を設立しました。
野田 僕は大学院でデザインを学んでいたので、先生のおっしゃられることの違いが明らかにわかりました。やはりデザイナーという部分の意思決定者、裁量を持っている人は、ある意味上司であったりクライアントであったりするんですよね。
MBA(経営学修士)だと、ビジョン・ミッション・経営戦略があり、経営戦略の下に人事戦略・オペレーション戦略・マーケティング戦略があり、マーケティング戦略の中の4P・3Cにプロダクトやプレイスというものがあるのですが、そこでようやくデザインが出てくるんです。だから、結局は担当者同士のデザインの話にしかならない。でも、本当は「経営」という部分、「経営戦略」というところでデザインを考えなければならない。ビジョンの段階でデザインを考えるということは、デザイナーではなくデザイニストが必要なんだ、という大きな衝撃を受けました。デザイナー間だけでデザインを考えていると値切りの対象にしかならないけれど、経営者や上司間で考えると新しい世界を、「different」を創るデザインを考えられるんだ、と感じたんです。
日本のデザイニストが向き合うべきこと
野田 成熟化が進む社会の中で、僕も含め、これからのデザイニスト達は、何を大切にしていけばいいのでしょうか?
中西 やはり日常生活の中で、「いかに喜びや楽しみを見出し創出していくか」といったことでしょうか。個人差はありますが、こうしたことを考える余裕が持てるようになったのは、まさに成熟した社会の象徴なのでしょう。それだけ豊かになっているのだと思います。
野田 マズローの欲求説みたいなことなのでしょうか?自己実現が上位、というような。
中西 自己実現というのもそうなのでしょうね。何が自己実現なのかは個々人ごとに変わってきますから。だから、自己実現は絶対的な価値ではなく、正解ではないんですよ。
野田 STRAMDの学びの中で、先進国、後進国、途上国の話になったときに、いざ途上国が成長しようとすると、先進国から環境問題について提唱される。自分たちの成長で環境を壊しておいて、今更環境問題について言ってくるから、途上国からすると勝手をされているように感じてしまうというお話をお伺いしました。世界規模で環境問題に取り組もうとしても、時代背景や各国の成長速度や成熟度が異なるから、難しい側面があると教えていただきました。確かにそうともいえますが、日本は成熟化した国だからこそ、今、私たちがデザイニストとして、このようなテーマに向き合わなければならないのでは、と考えています。
中西 まさに正解のない世界ですよね。でも、そうしたことを考えられるようになったのは素晴らしいと思います。正解とは、例えば2+3=5などの絶対値的なものですが、実社会では5ではなく、4~6の間は全部最適解になる。どれが一番いいかというのは、誰も分からない。だからこそ、ずっと考え続けるしかない。
野田 それが、先ほどの「感力」の話につながるのですね。
中西 そうですね。だから、数値化できないものはどうしても残ってくると思います。本当に世の中はなかなか読めません。
近頃、銀座の老舗百貨店「松屋」が脚光を浴びていて、先日『突撃!カネオくん』(NHK)でも放送されました。いま企業や自治体がトイレに力を入れ費用を投じる動きが目立っており、それがどこから始まったのかと調べていくと、松屋が一番最初だった、と。そして、僕にたどり着いたようです。松屋へのトイレの提案は43年前で、その頃の百貨店と今の百貨店は随分違いますが、百貨店に買い物に行くという行為は一種の興奮状態で、それは今も昔も変わりません。潰れかけた百貨店をなんとか救ってほしいと言われて色々考えたときに、その興奮状態をできるだけ大切にすることが重要なのではと思ったのです。興奮状態を覚ますような場所はどこかというと、「1人になるところ」。一つはトイレ、一つはエレベーターの中、あとはフィッティングルーム。そういう1人になるところで、できるだけ冷静にさせないようにする。ちょうどその時、INAXの仕事もしていたので、松屋の山中社長とINAXの伊奈社長の両名に協力してほしいとお願いし、共同プロジェクトが実現したのです。
もちろんトイレに着目したのは様々な条件が重なったからでもあります。欧米人に比べると、日本人はトイレを使用する回数が多いのです。欧米人が1日約5回なのに対して、日本人は約7回だといいます。それだけトイレを利用する確率も高いし、ましてや百貨店のトイレは非常に多目的に使用されるため、単に用を足せる場所でいいわけではないのです。だから、成熟社会型対応の魅力に富んだデザインを行うことは悪いことではないし、来訪する人の数だけ売上が上がり、買い物をする人にとっても満足感が得られるのであれば、それも1つのポジティブな経済効果なのだと思います。
野田 先生から学んだ、「送り手発想ではなく受け手発想」ですね。まさに松屋の話はそれを物語っていますね。
環境問題だとか、今は成熟社会だからといって、生活者に対して送り手発想でメーカー側が何かを強いるとだめなんですよね。結局は受け手の人たちが、生活者たちが気持ち良く、この先の成熟社会でポジティブな方向に向かってくれるようなデザインをしていかなければいけないと、今の先生のお話から解釈しました。
中西 しかし、非常に難しいのは、企業のビジネスというのは、将来的には良くなっているはずだ、というものをデザインしてもだめなのです。やはり、明日の時点でこのように良くなっているだろう、ということを考えられるものでないと。かなり先に良くなっているでしょうというデザインでは、継続するのは困難だと思います。その辺りの読みはとても難しいですよね。
野田 確かに難しいですね。でも、今後のデザイニストに必要なことだと思いますし、僕ももっと精進していきたいです。今よりもさらに、常に成長するために大切なことやアドバイスはありますか?
中西 やはり、磨き続けることですね。「人は歳をとっても、創造力の細胞は死ぬまで増え続ける」という学説もありますから。僕が長らく仕事を任せていただけるのは、感力を磨き続けてきたからだと思います。そういう意味では、僕はデザインを通して生み出す力を活かせる人生を歩ませてもらえた、ということに本当に感謝しています。
野田 まさに先生はこの100歳時代と言われている長寿社会で、デザインと経営の道を創ってきたトップランナーですね。これからもフロントランナーとして、世界を創って牽引していただきたいです。僕も先生に負けないようにこれからも感力を磨き、考え続ける経営者でありたいと思います。先生のお話を糧に、次の20周年に向けて突き進んでいきます。
中西 ぜひ成果を上げ続けてください。
野田 10年前に出会って、そして10年目の節目でこのようにお話ができたことは、本当に幸せです。本日は本当にありがとうございました。
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