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【東京藝術大学 × P.G.C.D. 鼎談】アーティスト達と考えるビジネス構想力。ビジネスとアートの共通点とは?

【ART PROJECT with P.G.C.D.特別企画】
東京藝術大学 × P.G.C.D. 鼎談

絵画表現を起点にして作品づくりをする東京藝術大学美術学部油画第6研究室の学生たち。
その研究室のその課外授業のような位置づけで、同研究室の准教授である薄久保香氏と、Art Technologies株式会社代表の居松篤彦氏、株式会社P.G.C.D. JAPANの代表取締役CEO野田泰平による鼎談が行われました。

アーティストを目指すうえで切っても切れないのが、ビジネス的視点です。そこで、「ビジネス構想力」を軸に、アートとビジネスの共通点、違いなどを語ります。

東京藝術大学美術学部油画准教授
薄久保 香
 
2010 東京藝術大学大学院美術研究科博士課程美術専攻修了 博士号(油画)取得
主な展示:2022「かくて円環が開き、」rin art association(高崎)
43,800日の花言葉」MA2gallery(東京) 
2020「Kaoru Usukubo|Daisuke Ohba」LOOCK(ベルリン)
2013「ミニマル/ポストミニマル 1970年代以降の絵画と彫刻」宇都宮美術館(宇都宮) 
2011「横浜トリエンナーレ2011OUR MAGIC HOUR」横浜美術館(横浜)
など

アートテクノロジーズ株式会社
代表取締役
居松 篤彦
関西大学社会学部社会心理学科を卒業後、有限会社弥栄画廊に勤務。2005年、株式会社サイズを設立。現在に至る。

株式会社 ペー・ジェー・セー・デー・ジャパン
代表取締役CEO
野田 泰平
1979年福岡県生まれ。2010年に株式会社P.G.C.D. JAPANを設立。「年齢を美しさに変える人」を増やすため、スキンケア・スカルプケアの商品を開発、販売。また、2019年にはホールディングス会社である株式会社JBI GROUPを設立。企業理念『Pay forward』を掲げ、“世界を幸せにする人を増やす”という使命のもと、サスティナブルな商品、サスティナブルな事業を創造し、社会と未来に貢献する。

ビジネスを構想し、実現して、顧客を創造していく

野田 泰平(以下、野田)
皆さんはアートのど真ん中で活動されている方たちなので、僕はアートの話ではなく、経営の話をします。最初に、少しビジネスの話をさせていただきます。テーマは「ビジネス構想力」です。

日本の株式会社の中で、年商10億円以上の会社って何パーセントだと思いますか? 実は10%なんです。もう少し規模を大きくして、100億円以上の企業はどうでしょう? こちらは1%なんですね。

企業はお客さまに支えられています。お客さまによって支援されている量が、年商。たさんのお客さまに支援されている1%の人たちは、ピラミッド構造においては一軍中の一軍と言えるでしょう。

ちなみに、僕の会社は10%に入るくらい、つまり年商10億円くらいの企業です。事業をスタートしたからには、喜んでくださるお客さまをできるだけ増やす方向に進むことを考えています。

事業を興すときに、構想の最初の一歩として必要なのは、クリエイティブ力だと思っています。それは「無知の知」と言えます。ご存じの通りソクラテスの言葉ですね。知らないことを知り、知ってできるようになり、一流になるにはもっと努力をしなくてはならない。だからまず一歩目は「知らない」ということを知ることなんだと思います。

「視点」「視座」「切り口」で考える。どれが抜けてもいけない

野田
事業でクリエイティビティを作る際、最も重要なのは次の3つ。

「視点」ものごとを自分の目で捉える
「視座」俯瞰した世界の中で見てみる
「切り口」アイデアや表現に映していく

これを「構想力1」として考えます。

視点だけがあり、すぐに切り口を作ろうとする方をよく見かけます。ただ、それでは思い込みのビジネスになりがちです。ほかにも、自称アイデアマンとして、切り口だけで表現しようとする方の場合「そもそもお客さんがいない」という事態を招きかねません。

だからこそ、クリエイティビティはこの3つが必要である。それが僕の考えです。

構想したものを実現する「実行力」が不可欠

野田
構想したら、それを実現する力が不可欠です。これを「構想力2」とします。

「実現できれば100点」という計画があったとしても、実行力が10%なら10点しか取れません。一方、50点の計画でも、実行力が100%であれば50点が取れる。どんなに素晴らしい計画でも、実行力が低ければ実を結ぶことはありません。

実行力は、たったひとりで賄う必要はありません。メンバーたちに協力してもらいながら実現させていけばいい。全部ひとりでやろうとすると、実現するものの質が下がります。

実行力には、有用性、経済性、技術性を考慮して実現の可能性を探ることが求められます。また、発散と収束のメリハリをつけてアイデアを出していく必要もある。収束ばかり考えると可能性が狭まってしまうので、最初に発散させてから収束をしていきます。

5つの質問で事業を考え、顧客を創造する

野田
僕たちの会社で大事にしているのがドラッカーの経営論です。ドラッカーは経営の父と言われる方で、5つの質問を使って事業を考えます。

  1. われわれのミッションとは何か?

  2. われわれの顧客は誰か?

  3. 顧客にとって価値は何か?

  4. われわれにとっての成果は何か?

  5. われわれの計画は何か?

ミッションから順に質問を進めていくと、最後には「成果を作るために“今日”すべきこと」がわかってきます。今の行動を決めるために、この5つの質問が必要なのです。社内では勉強会なども開催して、常にこの5つの質問について考え続けています。

P.G.C.D.における構想力とは

野田
構想力1~3を私たちの事業に当てはめてみます。

まず、「視点」「視座」「切り口」の話から。僕の「視点」は、電車の中で化粧をする女性でした。僕はそれを見て「美しくなるために、美しくないことをしている」と感じた。さらに、僕は九州の田舎者でしたが、道やお作法といったものの厳しい家庭に育ちました。それが僕の「視座」だったのでしょう。さらに、アメリカやヨーロッパに行くことの多い幼少期だったので、イギリスで生まれたBODY SHOPというブランドや、ニューヨークのウーマンリブなどを見て、新しい「切り口」として日本に持ってこようと思いました。

「そもそもメイクが要らなくなる化粧品を作ればいい」と考えて生まれたのが、この石鹸です。実はこの石鹸は1個9000円です。これをインターネットだけで販売している。具体的には省略しますが、これを構想したとしても、実行に移す人はなかなかいないんじゃないかと思います。

さらに、「顧客の創造」のため、5つの質問を使ってお客さまを生み出すための計画を作り、部屋の壁に掲げています。毎年作り直して、メンバー全員に共有しています。

加えて、最近トリアイナと言う新しいブランドを作りました。老後に歯が弱くなって食べることが楽しくなくなり、やせていく祖父母を見たのがきっかけ。いくら肌や髪の毛を美しくしても、死ぬ前の10年間に食べる楽しみを失っては幸せと言えないのではないか。そう思って、口から人の未来を変えていこうと、「トゥース・エナジャイザー」とう歯磨き粉を作りました。

アーティストとしても、鑑賞側としても、「視点」「視座」「切り口」は必要

薄久保 香(以下、薄久保)
アーティストとしてものを作っていくうえで、野田さんのお話とリンクしている部分がたくさんありました。特に「視点」「視座」「切り口」は、作品を作るうえでマストだと思います。これは、学生の皆さんも絶対に理解したほうがいい。

同時に、人の作品を鑑賞するうえでも役立つ公式。他の人の作品を見ながら、当てはめていくことができますね。

居松 篤彦(以下、居松)
アートを見る側にとっても、「視点」「視座」「切り口」はとても大事です。「アーティストがどんな人生でこれを作ろうとしていたか」「他の人から見てどういうことなのか」「ソリューションは何か」と言ったことを考えます。作り手とは違う形でその3点を見て、作品をひも解いていく。アーティストが考えていることをとことん想像することは、すごく大切にしています。

野田
若手のアーティストさんたちも、文脈に自分のアートを載せていくように意識しているんじゃないでしょうか。

薄久保
もしかしたら、「苦手だから考えている」のかもしれません。すでに視座を主観的に持っていて、それなりにアイデアがある場合でも、コンテクストや思想的な背景、我々人類に共有されるバックボーンというものを「視座」として考えなくては、その後の切り口には繋がらないですよね。

そのためにはやはりメタ的な視点が必要です。修士の学生が良くも悪くも悩まされ、まさに直面しているポイントなのではないでしょうか。

視点の話、切り口の話だけをしても「ぽかん」としてしまう。視座がしっかり入ってくることにより、共通言語ができますね。

実行力と顧客の創造がなければ食べていけない

野田
一方、ここで終わらないのがビジネスの世界。製品をほしいと思ってくださるお客さまが必要です。

起業から10年持つ会社は、10%に満たないと言われています。20年持つ会社は、さらにその10分の1。1パーセント以下です。素晴らしい「視点」「視座」「切り口」を持っていても、実行力と顧客の創造ができなければ、ビジネスにはなりません。

アートも似たところがありますよね。買ってもらうことができなければ、趣味で絵を描いているのと何が違うんだろう、という疑問は生まれると思うんです。

薄久保
私自身もそうですが、アーティストは矛盾を抱えていると思います。アーティストはビジネス的な側面を必然的に孕んではいますが、マインドや本能はそこから出発しているわけではない。だから、全員が常に自己葛藤を持っているでしょう。

その自己葛藤が起きたときに、活躍したいフィールド、評価を受けたいシーン、見てほしい相手、飾ってほしい場所などを創造するのはビジネスに近しい部分であり、必要なこと。その部分を考えれば、やるべき課題が大きく変わるでしょう。「出口」や「対象」は考えるポイントとして大きなものだと思います。

作品が表面的な見た目で売買されることに抵抗がある

薄久保
これまでの話を聞いて出てきた疑問や考えを、聴講している皆さんに聞いてみましょうか。

学生
自分の作った作品が、表面的な見た目だけで売買されていくことがありました。あまりよい気分ではなかったんです。野田さんは石鹸を作るまでにいろいろな思いがあったと思いますが、お客さんにその意図が伝わらなくてもいいのでしょうか。あるいは、意図や経緯を共有することのほうが大事だと思っていますか。

野田
質問の意図は、すごくよくわかります。僕は「こだわりがしがらみにならないようにする」という言葉を大事にしているんです。こだわりは視野狭窄にもなり得て、しがらみになると本質的なものを見失ってしまいます。

このビジネスにおいてのこだわりは、石鹸を作ることではないんです。僕たちの使命は「自分で美しくなる習慣をデザインする」ということ。そのために必要なものが石鹸だった。だから、その意図をしっかりと伝えるために、単にお店に並べるのではなく、ECでお伝えしながら販売しています。

なぜ、石鹸から歯みがきに転換できたのか?

学生
石鹸を作ったあと、歯磨き粉に移った話が印象的でした。石鹸を広げていく選択肢もあったと思いますが、なぜ違うものを作るに至ったのでしょうか。

野田
『両利きの経営』という本がヒントをくれました。僕自身は、こだわりとスケールを両方求めることに苦しんでいました。こだわり抜いた石鹸のビジネスでスケールを求めようとすると、こだわりがしがらみになり、事業の発展性がないと思えたんです。

今の10億のビジネスを100億にするのではなく、10億のビジネスを10個作っても同じ100億だ、と思いました。今あるものを大切にしながら、新しいものでもっと大きくなるチャレンジをすればいい。つまり、ひとつの中でやろうとして苦しくなった、というのが本音です。

作家としてやっていくには、5つの質問がマスト

大庭 大介(アーティスト/ 以下、大庭)
ドラッカーの経営論の詳細は知りませんでしたが、5つの質問は、僕が考えていたことと一緒で驚きました。僕はこれらを考えるようになってから、作家として、プロとしてやっていけるようになりました。

でも、アーティストはビジネス的な話を公然とはしません。アーティスト然とした態度を演じていますが、プロとして活動している人は全員考えていると思う。例えば、僕がやっているギャラリーなら、コレクターさんたちはだいたい50代、60代で男性なんです。そこをしっかり考えていかないと、持続できないと思っています。

野田
やはりそうなのですね。顧客創造というテーマは、僕のバックグラウンドである建築で学びました。利用者がいなければ、その建物は喜んでくれない。その後、経営学を学んだ時に深く納得したんです。

大庭
例えば、ドキュメンタリーに出たいと思ったら、「友だちが買ってくれればいい」では終われない。感覚的に作って出して終わり、ではなく、作品が飾られる場所、付けられる評価まで考え抜く必要があります。

ただ、アート界では、そういうことを言うと「いやらしい」と言われるような思想はいまだにあります。売れているアーティストは、反商業主義のアーティストに批判されることもあるんですよね。

薄久保
一方で、美大はアカデミックかつ研究的でもあり、商業主義というダイレクトなところに思考が行きにくいからこそ「目からウロコ」みたいな作品が生まれるという側面もありますね。

とはいえ、見てほしい人、届けたい人を考えれば、相手にとっての価値を考えることも大事な着眼点となります。そして改めて、自分の求める成果を口に出すことにも意義があります。これは、みんなが今、必死に考えている、というところかもしれません。

視点と視座をスムーズに切り替えるには?

学生
「視点」と「視座」を得ようと頑張っていて、ずいぶんできるようになったとは思います。ただ、切り替えに1日かかることもあり、困っています。お仕事されるにあたって、どうやって切り替えて、両立しているのでしょうか。

野田
僕はルーティンを大事にしているので、それが切り替えになっています。月に1回は京都を訪れ、お茶の稽古をします。東京では、直前まで予定を入れ、直後からまた予定を入れてしまうから、日常と切り離せる場所がいいんですね。京都で、お茶の深さを知り、心落ち着かせ、四季を感じながら先生に学びを受けます。

また、剣道を週に2回小学生に教えていますが、8段の先生もいらっしゃいます。道場では指導をたくさんいただいています。

そんな風にルーティンを入れて切り替えていく習慣を持っています。

―――

鼎談は、活発な質疑応答をもって終了。アーティストにとって、切っても切り離せないビジネスの側面を言葉にすることで、共通の認識が生まれました。ただ、ビジネスとは異なり、売り上げだけを目的にしていないのがアートです。

私たちがアートを見るときにも、アーティストが発揮したであろう構想力に思いをはせてみると、また違った見え方になるかもしれませんね。

執筆:栃尾 江美


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